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外岡秀俊 3.11後の世界

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<<   作成日時 : 2011/05/21 07:12   >>

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2011年5月20日(金)記

 5月18日、東京から東北新幹線で福島に向かう。

 福島駅に、南相馬市の鈴木昌一市議(56)が迎えにきてくださっていた。

 詳細は省くが、ある方が鈴木さんを私にご紹介してくださった。鈴木さんは福島に何の足がかりのない私を見かねて、わざわざ足を運んでくださったのである。

 途中、15日から集団避難が始まった「計画的避難区域」の飯舘(いいたて)村に立ち寄った。
政府は4月11日、放射線累積線量が年間20�シーベルトに達するおそれのあるエリアを「計画的避難区域」に指定した。これで、福島第一原発を起点に、

 1半径20キロ圏内の      「警戒区域」
 2半径20〜30キロ圏内の   「緊急時避難準備区域」(おおむね旧屋内退避区域)
 3その外側にある        「計画的避難区域」

という三層の区域が設定された。飯舘村は一部が2に含まれていたものの、大部分は30キロ圏外だった。震災から一ヵ月後もたって、急に集団避難を言い渡され、5月末までに、全村が域外に出るようにいわれたのである。

 鈴木さんのお取り計らいで、村役場にいらした管野典雄村長に、お目にかかることができた。

 「緊急時だったので仕方のない面はあったが、政府は危機管理ができていないのではないか」

 冒頭から、管野村長の指摘は手厳しいものになった。

 危機管理では、まず広い範囲に避難の網をかけ、安全だとわかった地区から少しずつ避難を解除し、狭めていく
のが常道だ。そうすれば、住民は、初めは心配しても、少しずつ安心できる。しかし今回の政府の方針は、避難の区域を後にjなって広げていったわけで、住民の不安は逆に、募る方向になった。

 よくよく調べてみれば、20〜30キロ県内でも放射線の低い地域があり、30キロ圏外でも、数値の高いところが出てきた。距離の同心円で切る機械的な区分が通じなくなったために、あわてて「計画的避難区域」という地域をつくり、当てはめたきらいがあるという。

 「政府は、安全性を強調する。健康を守るといえば、だれからも非難されない。しかし、そのために生活が破壊されたら、村民の暮らしは成り立たない。安全は、暮らしの安心とバランスをとることで、はじめて守られる。だから、これまでの生活をできるだけ維持できるよう、政府とかけあった」

 国が出してきた避難先の候補は、新潟や長野などの他県だった。原発避難としては「後発」だから、通いやすい県内の自治体は、もうすでに満杯だ。しかし管野村長は、「車で一時間以内」を主張して、譲らなかった。村での雇用を最大限維持しながら、「通い」で生活機能を維持していこう、と考えた。

 今まで通勤が20分かかっていたら、1時間20分くらいまでは、何とか通うことができる。

 村役場のすぐ近くにある特別養護老人ホーム「いいたてホーム」も、特例として避難せず、居残ることになった。栃木に移る話もあったが、ホームの屋内にいれば安心して暮らせるお年寄りを動かせば、それだけでリスクは高まる。ホームが存続すれば、介護スタッフの職を守ることもできる。村ではとりあえず、事業所維持などを国と交渉し、550人の雇用を確保した。

 こうした方針については、外部から、「殺人者」とか、「人間をモルモットにするのか」といった抗議や非難のメールやファックスが殺到した。しかし管野村長は、「あくまで村民の暮らしを守るためだ」と泰然としている。

 放射線残量はきめ細かく計測しており、ホーム近辺が低いことは確認している。妊婦や乳幼児はいち早く避難させており、リスクは計算済みだ。

 「いま、一番いいたいことは、そこに住んでいる人々や行政には知恵があり、思いがあり、情熱があり、牛に対する愛着がある。そうしたものを活用していくことが、復興の原点になるべきだ。新エネルギー・ビジョンなどの将来構想も、そこに住んでいる人たちの思いをいかしてほしい。いまのやり方では、金がないのに、将来の補償金がどんどん高くなってしまう。住民の暮らしをどう維持するかを考えれば、安上がりに済むはずだ」


 そのうえで管野村長は、「将来、避難を解除する条件を明示してほしい」と政府に要望しているという。土壌除染などの国家プロジェクトを進め、20ミリシーベルト以下になった区域は、段階的に解除していく、などの条件だ。いったん避難させて、いつ終わるかわからない状態が続けば、村民は疲弊してしまう。何とか最低限の雇用を維持しながら、帰還の日を待つ。それが管野村長のお考えと思う。今は、村民をパトロール要員として雇用し、避難した地域を巡回して雇用と村の機能維持の両立をはかる、という対策も検討しているという。


 「いいたてホーム」を経営する社会福祉法人「いいたて福祉会」の三瓶政美(さんぺい・まさみ)施設長にもお目にかかった。ホーム入所者の約7割は、村の出身者。57歳から102歳まで、平均年齢は84.7歳で、介護度は4。
入所者106人に対し、職員は介護にかかわる78人に加え、警備員やヘルパーらを加え107人態勢だ。

 職員はこれまで通り出勤し、夜間は夜勤者と警備員で守る。診療所は避難するが、広域消防は残るので、救急搬送はしてもらえる。郵便局は撤収するが、村外に局留めにしてもらう。

 「この地域には14の特養施設があるが、うち11施設が避難した。同じ介護度のホームに避難するのが原則なので、定員をオーバーしながら、2、3人ずつ避難を受け入れてもらっているのが現実だ。移動したり、知らない土地で暮らすことを考えれば、ここにいられることが、利用者にとってはもっともダメージが少ないと思う」
三瓶氏はそういう。

 図面上に線を引き、村民を避難させる。安全だけを考えれば、それで済むかもしれない。しかし、人々は、暮らしをそっくり運んで避難するわけではない。避難できない事情や、避難によって壊れる家庭や人間関係がある。どこまでそのリスクを減らすことができるか。今度の原発震災では、「避難」の質が問われている、と思った。




写真は上から


1 管野典雄村長

2 飯舘村役場

3 一時、飲み水の汚染が心配された

4 三瓶政美施設長

5 ご案内してくださった鈴木昌一・南相馬市議


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