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外岡秀俊 3.11後の世界

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<<   作成日時 : 2011/09/17 14:13   >>

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 2011年9月17日(土)記

 富岡町で法務事務所を開いていた司法書士の渡辺大(58)、和則(37)さん父子は、8月から、いわき市内に仮事務所を開いた。

 大さんの自宅があった海沿いの毛萱(けがや)地区は、30数戸あった集落がそっくり津波で流された。富岡町では、福島第二原発に最も近い集落だった。

 大さんが幼かったころ、冬には大人の男達の姿が消えた。出稼ぎのためだ。
 第二原発の立地が公になったときは、集落が全会一致で反対した。
 その後、漁業権補償、土地補償の話が進み、反対派は次々に切り崩された。
 子供達は、東電が就職口を世話してくれ、お年寄りでも、守衛などで雇ってくれた。
 もう、冬でも出稼ぎに行く必要はなくなった。毛萱の十人の半数は東電に勤めていた。

 だが、原発事故のせいで、帰りたくとも、故郷には帰れない。
 認知が進むお年寄りは、毎日のように帰り支度をしている。しかたがないので、息子達は車でぐるぐる廻り、「家に行ったべ?」というと、すっかり満足して、「良かった」と言う。あくる日は、また帰り支度をする日々だ。

 「2、3年で戻れるという人もいる。できるわけ、ないっぺ」と大さんはいう。そういうと、泣き出す人もいる。だが現実は直視しなければ、と思う。政府や東電は、「戻れる」というポーズをとっている。戻れないとなれば、買い取りなどの膨大な予算が必要になる。だから、「除染をすれば戻れる」という幻想を与えているのではないか。

 除染が行なわれても、富岡町の人口1万人のうち、せいぜい戻っても4,5千人ではないか。お年寄りは戻りたいし、戻るだろう。しかし子どもを育てる若い世代はどうか。
 和則さんに聞くと、「もう戻らない」という。
 雇用がない、店もない、学校もない。人口が減って商売が成り立たなくなれば、町は自給自足で暮らすお年寄りと、建設作業員だけの集まりになってしまうのではないか。
 「お年寄りが死んだら、町は終わりだろう。帰れないといわれたほうが、気が楽だ」と大さんはいう。「先がみえない。みんな、それで悩んでいる」

 結婚した娘さんのいる埼玉や神奈川でアパートを借りていたが、8月に、いわき市で仮事務所を開き、仕事を再開した。富岡町の住民は、前から生活圏の一部だったいわき市に避難し、そこに事務所や会社を移して仮営業をする人が多い。当面は、そうした法的手続きの仕事が主な依頼だ。富岡町役場は郡山に移転しているので、住民票ひとつ取るのでも、郡山に行くか、郵送をしてもらうしかない。依頼者は全国に散らばっており、手続きには時間がかかる。事業所が本格再開できない理由のひとつは、再建すれば、事故の補償を受けられないのではないか、という懸念があるからだ。補償基準のあいまいさが、再建への足を引っ張る構図になってはいないだろうか。


 原発事故の被災者には、東電から、補償金支払いの申請書が届き始めている。60ページにもわたる分厚い申請書だ。これは8月末日までにかかった費用の補償で、今後は3ヵ月ごとに届くことになる。サンプルの書式を読むだけでも、大変な手間がかかる。書式通りに自力で欄を埋められる人が、どれほどいるだろうか。まるで垣根を高くして、できるだけ応募を減らそうとしているかのようにも見える。

 証明に必要な書類も多い。領収書、医師の診断書、医療証明書、休業証明書・・・「職場がなくなっていたり、連絡がつかなかったりするケースも多い。それだけの書類を集めるだけでも大変な作業だ」と大さんはいう。

 だが、驚いたことに、「東電にはお世話になっているから、補償は要らない、という人が結構いる」という。あるいは、将来、東電から仕事を干される、という人もいるだろう。
 地域の人々のベクトルは一つの方向を指していない。
 帰りたい、というベクトルの人々。帰れない、と思い定めるベクトルの人々。後者も、裁判にまで持ち込むという人々、そこまでかかわりたくない、という人々に分かれる。

 「精神的苦痛」の慰謝料月額5〜10万円は、交通事故で外傷がない人について定めた保険の最低額を基準にしている。だが、10万円ではとても足りない。

 中国に返還される前の香港は、「借りた時間、借りた土地」と呼ばれた。英国の植民地だったが、香港島には租借期限があり、いつも不安定さがつきまとっていた。いつ、どうなるかわからない、というかりそめの感情に覆われていた。
  だが、原発事故で故郷を追われた人々は、それ以上の不安定のなかで暮らしている。どこにいても、いつでも、
住む土地は「かりそめ」の地であり、そこで根をおろしていいのか、すぐにまた動かねばならないのか、宙吊りの状態に置かれている。どこに移っても、「借りた時間、借りた土地」であり、将来を展望することはできない。
  人々のベクトルが千路にわかれ、住民もばらばらになり、その要求は行政や政治への圧力とはならず、あきらめや無念の思いになって個人に戻ってくる。

 先がみえない。それは原発事故のせいではない。補償や帰還への取り組みの甘さ、政治の貧しさが、人々の視界をさえぎっているのではないだろうか。

 写真は、渡辺大さん(左)、和則さん父子。


 



 
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